順正寺は1536(天文5)年、甲斐国から武田重信(武田信虎の弟、武田信玄の叔父、僧名重順)が戦乱を避けて安芸国の狩留家村へ逃れ、古城の館跡に草庵を造って開基したと伝えられています。当時は薬師如来を御本尊とし、真言宗の寺院でした。
それが第2代住職「道加」の時、従来の本尊を改め阿弥陀如来の尊像を安置して浄土真宗に改宗しました。これは毛利輝元が強く浄土真宗を庇護したことによるものと思われます。それまで御本尊としていた薬師如来像は引き続き薬師堂に安置し、いまでも順正寺抱えとなっています。
1628(寛永5)年、第4代住職「宗圓」の時に本堂が建立され、翌年に本山に寺号木仏を申請し、城平山順正寺と公称することになりました。
1711(正徳元)年、第8代住職「祖教」の時に親鸞聖人御絵伝を本山より申受されました。また、1720(享保5)年には本堂が再建され、この堂宇が現在に至るまで門信徒の皆さまにより大切に護持されています。